共催させていただいた「HIROSHIMA ワールドトーク」。
主催のJICAさんのホームページにレポートが掲載されましたので、ご案内しますね。
老若男女、国籍も多様な素敵な会になりました。 参加いただいたみなさん、お疲れさまでした!
以下から、JICA(国際協力機構)のページにジャンプします。 http://www.jica.go.jp/chugoku/topics/2014/20150317_01.html
HIROSHIMA ワールドトーク −マリールイズさん、リーパーさんと105人で考えた、ヒロシマとセカイ−
今年被爆70年目を迎える広島。 この70年間、日本は直接戦争に関わることはなかったけれど、今もまだ世界には空爆に怯えながら生活する人や、愛する人を戦争により失った人もいる。
国際平和の実現のために、広島にいる私たちに何が出来るんだろう。 ヒロシマが世界に発信出来るチカラって何だろう。 私たちは広島を、どんな街にしたいんだろう。
そんなことをみんなと考えたくて、2015年3月7日、広島経済大学立町キャンパスで「HIROSHIMA ワールドトーク」を開催しました。 キーワードは、「ヒロシマ」「セカイ」「私」。
NPOルワンダの教育を考える会 ルワンダ出身のマリールイズさんと、元(公財)広島平和文化センター アメリカ人のリーパーさん。2人のステキなゲストと、中学生から80歳代までの幅広い年齢層の105名の参加者と一緒に考えました。
ルワンダ虐殺を通して考える、世界で起こっていること、ヒロシマを伝えるって?
【NPOルワンダの教育を考える会 理事長 カンベンガ・マリールイズさん】
ルワンダ出身のマリールイズさんを招き、ルワンダの虐殺から逃れた体験談と、昨年8月にルワンダ国内で現地の青年海外協力隊員と開催した「ヒロシマ ナガサキ 原爆・復興展」の報告を行いました。 ルワンダ内戦は、民族同士の争いと言われているが、本当は違う。望んでいたわけではないのに、大きな力で人々の生活を奪っていく争い。そしてそこから復興していく現在のルワンダの様子。 昨年、虐殺20年目のルワンダでヒロシマの原爆から復興の様子を伝えた時、広島に希望を見出したルワンダの人たちの様子を話しました。
青年海外協力隊の原爆展って?世界でヒロシマを伝えること
【広島市JICA国際協力推進員 濱長 真紀】
JICAボランティアの原爆展はどのように始まり、そしてどんなことを伝えて、現地ではどんな反応なのか、報告しました。そして、濱長が個人的にモヤモヤしていることについて。 伝えていくべき過去の歴史。だけど、想像を絶する体験をされた、被爆者の方や虐殺生存者の方と同じようには未来に伝えていくことは難しい。じゃあどうすればいいんだろう。赦すって?もっと身近な人と平和について色々話せる環境に出来ないの?平和に関して口にすると否定されそうで…。私たち、発信ばかり言うけれど、他の国の出来事に無関心なところはない?じゃあどうすればいいんだろう。被爆者の方が亡くなったとき、どう私たちは伝えていく?
ヒロシマの持つ力 私たちに出来ることって?
【元(公財)広島平和文化センター スティーブン・リーパーさん】
全米でヒロシマの被爆の実相を伝える原爆展を開催した時の様子について話して頂きました。被爆者の人たちが持っている力って? アメリカで政治的な「平和」の話になると、みんなの目線が変わる。戦争では悪はなくならない。暴力を否定すること。話し合いで解決しなければ、人類は自滅してしまう。この広島に住む私たちは、色んなことを発信出来る場所にいる。戦争文化でなく、平和文化を。そのために私たちに出来ることを考えようと話しました。
そして後半は、参加者全員でグループになって考えるワークを行いました。 円卓のようなダンボールでできた机の「えんたくん」を使い、5、6人グループで掲示されたテーマについて思ったことをメモのように「えんたくん」に描きながら考えるワークショップ。
司会進行は、JICA中国 市民参加協力課の内藤課長と、ひろしまジン大学学長の平尾さん。
自己紹介からはじまり、テーマごとに席を替えながら話し合いました。 テーマは3つ。 (1)「セカイの中のヒロシマって?」 (2)「20年後のヒロシマは?」 (3)今日の感想/これからしたいこと
その中で、こんな感想が出ました。
●話すことが成長につながる。楽しくないと意味ない ●固い話にならず、笑いが起こる雰囲気でよかった ●ふつうの人たちが、ふつうに話しているのがいい ●広島から発信することが大事 ●みんなと出会えてよかった ●新たな広島の魅力を知った ●知識なくても話してよい雰囲気がいい ●平和についてもっと気軽に話せる環境(場所)がほしい ●私たちは世界が思うような広島であるのか? ●「平和」とは、こうでなければならないという考えに応えることが難しい、プレッシャー ●話、意見を言う、意見を聞く ●意見の違いを対立軸にしない ●出会いが人をつなぐ、つながる実感 ●平和のこと、知って感じたら誰かに伝える ●若い人と平和を語りたい。 ●理屈なしで感じられる女性のパワー!「なんとな〜く」は強い! ●もし戦争になったら広島の意味はどうなるの…? ●ヒロシマ、ナガサキは東京よりも有名だけど、私たちは説明できない …などなど。
被爆70年目を迎えるこの広島で、様々な職業、幅広い年齢層のみなさん、そして色んな国の人たちと、こうして広島や世界、そして私たち自身について考えました。
セカイから見たヒロシマや、これからの未来の私たちの広島。どうしたいんだろう、何が出来るんだろう。 全てに答えを求めるのではなく、考え続けること。 全てに答えを求めるのではなく、色んな人と語り、議論して、深めていくこと。 その必要性を感じました。
平和って、違う世界の話だけれど。私たちの今の生活は当たり前ではない。 ヒロシマも、セカイも変えていくのは私たち自身。 これからも、もっともっといろんな人たちと話して、平和をもっと身近に。隣の人と語れる世界になれば、と思いました。こういう出会いの場って大事ですね。繋がってひろがって、色んな考えが混ざって深まっていく感じがしました。
参加して下さったみなさま、本当にありがとうございました。 第2弾にこうご期待!
【記:広島市JICAデスク 濱長 真紀】
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<授業詳細> 2015年03月07日(土) 13時30分 ~ 16時30分
教室:広島経済大学 立町キャンパス
本授業は申込不要です。当日直接会場にお越しください。
今年、私たちの住む広島は、被爆70年目を迎える。
この70年間、日本は直接戦争に関わることはなかったけれど、世界を見るとどうだろう。 今も空爆に怯えながら生活する人。 住む場所を奪われた人。愛する人を戦争によって失った人。
今もまだ、恐怖に怯えている人がいる。国を建てなおそうとしている人がいる。
そんなセカイにおいて、ヒロシマに住む私たちには、何が出来るんだろう? セカイは私たちに、何を求めているんだろう?
ルワンダの内戦から逃れ、改めてヒロシマが持つ力を母国に伝えるマリールイズさんと、 全米で原爆展を開催し、平和文化を発信し続けているアメリカ人のリーパーさんをお招きし、 笑顔で、真剣に、今だからこそ、みんなで考えませんか?
過去と真剣に向き合い、未来をみんなと笑顔で語る。 そんな場所を一緒に作っていきましょう!
【当日の流れ】 ・カンベンガ・マリールイズさんによるルワンダでの体験談 ・青年海外協力隊が伝えるヒロシマって? ・スティーブン・リーパーさんによる「ヒロシマを伝える」こと ・参加型トークセッション 「広島×セカイ×私」
◆青年海外協力隊報告: 濱長 真紀(青年海外協力隊OG/広島市JICAデスク) ◆司会・ワークショップ担当: 内藤 徹(JICA中国 市民参加協力課 課長)
【主催】JICA中国 【共催】ひろしまジン大学 【後援】広島市、(公財)広島平和文化センター、中国新聞社 申請中
<先生> カンベンガ マリールイズ / NPOルワンダの教育を考える会 理事長 1994年、アフリカ・ルワンダ国内でツチ族フツ族による内戦が勃発し、難民キャンプへ逃れる。 2014年8月に現地青年海外協力隊員とヒロシマを伝える原爆展を開催。 現在は福島県在住。
スティーブン・リーパー / 財団法人広島平和文化センター 元理事長 財団法人広島平和文化センター元理事長。 1947年米国イリノイ州生まれ。ウェストジョージア大学臨床心理学修士課程終了。1歳のときから日米を相互に生活の拠点とし、翻訳家、平和運動家を経て2002年平和市長会議米国代表、2003年財団法人広島平和文化センター専門委員、2007年4月同財団理事長に就任。著書「ヒロシマ維新」をはじめ記事、翻訳書も多数。
<教室> 広島経済大学 立町キャンパス 住所:広島市中区立町2-25 広島市の中心部、中区立町に開設された広島経済大学のサテライトキャンパス。 鉄筋コンクリート造の地下1階地上11階建で、24席の小人数対応教室から、86席の大人数対応教室まで、6教室完備。 社会人対象のキャリアアッププログラムやゼミ、研究会、クラブ活動、会議室等など幅広く利用されています。バス停や電停がキャンパス前に位置しており、アストラムラインからも近いなど、利便性も高い
※市内電車「立町駅」下車すぐ ※今回の教室は3階の132号室です。
カテゴリ:【国際】 言 語 : 日本語のみ 定 員 :120人 参加対象:どなたでも。